はじめに
写真から立体を復元する技術、フォトグラメトリ。最近ではスマホのアプリでサクッと3Dモデルを作れるようになり、「どうやって撮影すれば精度が上がるか」「最新のアルゴリズムは何か」といった情報もネットに溢れています。
……でも、ちょっと待ってください。
私が本当に書きたいのは、撮影のコツでも新技術の解説でもありません。
この技術がどのように生まれ、誰によって、どんな時代背景の中で育まれてきたのか。
本稿では、その源流に立ち返り、19世紀から21世紀に至るフォトグラメトリの歩みを整理していきます。技術的な解説は他の方に譲りつつ、ここでは歴史そのものを記録し直すことに意義を置きます。
19世紀:写真測量の黎明期
Aimé Laussedatの先駆的研究
フォトグラメトリの歴史は、フランスのAimé Laussedat(1819-1907)が1851年頃から写真を測量に応用する可能性を探求したことに始まります。彼は自らの手法を「測距写真法(Métrophotographie)」と命名し、建物や山岳地帯の測量を試みました1。1859年には測量用カメラの試作機を完成させ、1861年には写真測量による山岳地形測量を実施するなど、技術の実用化への道筋をつけました2。彼の先見性は驚くべきもので、写真技術がまだ黎明期にあった時代に、すでにその測量への応用可能性を見抜いていたのです。
Laussedatはまた、ガス風船を用いた最初期の航空写真(1858年)も撮影していますが3、実用的な地図化へはなお時間を要しました。実際、ブリタニカ百科事典でも「1851年にロセダが可能性を見出したが、技術として成功裏に用いられたのは50年後である」4と記されており、当時はまだ手作業中心の試行段階でした。なお、1858年の最初の航空写真については、フランスの写真家ナダール(Nadar)が同年パリで気球から撮影した例を「最初の航空写真」とする資料もあり5、研究者間でも見解が分かれています。
【一言メモ】
当時のカメラは大きくて重い木箱のような代物。つまりLaussedatは"筋トレしながら3Dスキャン"していたようなものです。
初期の航空写真は今で言う「ドローン空撮」の原点。ただしドローンの代わりに"人が乗った気球"というスリリング仕様でした。
「Photogrammetry」という用語の誕生と定着者
現在私たちが使う「Photogrammetry(フォトグラメトリ)」という用語は、ドイツの建築家Albrecht Meydenbauer(1834-1921)によって1867年に初めて使用されました。彼は同年4月に「Photometrographie(フォトメトログラフィー)」という言葉で論文を書き、その後同年12月に友人の提案で「Photogrammetrie(フォトグラメトリ)」に改めました6。この用語は「photo(光)」「gram(描画)」「metry(測定)」を組み合わせたもので、まさに技術の本質を表現した名称でした。一方、Laussedatは1867年当時にはまだ「Photogrammetry」という語を使っておらず7、用語の創始者はMeydenbauerであると考えられます。
19世紀の主要な出来事
- 1851年頃:Laussedatが写真測量の初期実験を開始
- 1858年:Laussedatによる最初期の航空写真撮影(諸説あり)
- 1859年:Laussedatが測量用カメラの試作機を完成
- 1861年:Laussedatが写真測量による山岳地形測量を実施
- 1867年4月:Meydenbauerが「Photometrographie」で論文発表
- 1867年12月:Albrecht Meydenbauerが「Photogrammetrie」の用語を導入
20世紀前半:空への飛躍
20世紀に入ると、航空技術の発達とともにフォトグラメトリは飛躍的な進歩を遂げます。この時代の技術革新は、現代の航空写真測量の基礎を築きました。
Scheimpflugの理論的革新
1901年頃、オーストリアのテオドール・シェインプフラッグは「Tilt法則(Scheimpflug条件)」を発表し、斜角撮影時の画像歪み(遠近歪み)を補正する技術を示しました9。これによりオルソ補正の基礎が築かれ、斜め写真を正確な地形図に変換できるようになりました。この理論は現在でもフォトグラメトリの基礎理論として重要な位置を占めています。
【一言メモ】
「斜めに撮っても真っ直ぐに補正する」仕組み。今でいうカメラアプリの自動補正機能を100年以上前に考えた人です。
立体視技術の革命:Pulfrichの偉大な発明
1902年、ドイツの物理学者Carl Pulfrich(1858-1927)が世界初の立体視コンパレータ(ステレオコンパレータ)を開発しました10。この装置により、2枚の写真から立体視を用いた精密な測量が可能になり、写真測量の精度が大きく向上しました。同年頃にはフランス・ロシア・オーストリアの各地でステレオ図郭器など機械式プロッターの開発も進みました11。Pulfrichは「ステレオフォトグラメトリの父」とも呼ばれ、現在でも彼の名を冠したライカの「Carl Pulfrich賞」が授与されています。
航空写真測量の実用化:Tardivoの先駆的活動
イタリアのCesare Tardivo(1870-1953)は、軍用気球・航空機による写真測量を先駆けた人物です12。1911年に『Photography, Telefotografia, Topofotografia dal Pallone』を著し、同年に気球によるベネチア市街の空撮写真でモザイク地形図を作成しました。さらに1913年には飛行機からの撮影で北アフリカ・ベンガジの1:4,000モザイク図を完成させています13。これらの活動は歴史資料(国際航空写真会議1907年報告やイタリア陸軍資料)にも「技術的・文化的に重要」として記録されており14、20世紀初頭の空中写真測量発展への確実な貢献として学界でも認められています。
【一言メモ】
世界で最初に「Googleマップ」をした人と言えるかもしれません。
戦争がもたらした技術進歩
第一次世界大戦(1914-1918)中には、偵察用の航空写真が本格的に地図作成に使われ始め、1915年には最初の航空測量カメラが開発されました。戦争という悲劇的な背景がありながらも、軍事的需要がフォトグラメトリ技術の急速な発展を促進したのです。
20世紀前半の主要な出来事
- 1901年頃:Scheimpflugが「Tilt法則(Scheimpflug条件)」を発表
- 1902年:Carl Pulfrichが初の立体視コンパレータを発明
- 1911年:Cesare Tardivoが気球写真による実用的地図作成を実現
- 1913年:Tardivoが航空機撮影でベンガジの地形図モザイクを完成
- 1915年:世界初の航空測量カメラが開発され、第一次大戦で活用
20世紀後半:コンピュータ時代の到来
1950年代以降、コンピュータ技術の応用によりフォトグラメトリは再び大きな変革を迎えます。
解析フォトグラメトリの誕生:Helavaの革命的発想
1957年8月30日、フィンランド出身のUki Helava(1923-1994)がオタワの国立研究審議会で解析的ステレオプロッターの新原理を発表しました15。これにより、コンピュータを使った「解析フォトグラメトリ」が実現し、写真測量機器はアナログからコンピュータ制御へと移行しました。実際の装置は1970年代になってようやく実用化されましたが、この概念の発端は1957年のHelavaの発表にあります16。Helavaの貢献を讃えて、国際写真測量・リモートセンシング学会(ISPRS)では「U.V. Helava賞」が毎年授与されています。
宇宙からの視点
1970年代以降には衛星リモートセンシングが普及し、1972年の地球観測衛星(後のLandsat1号)打ち上げにより、衛星画像を用いた地形解析が始まりました。人類は初めて、宇宙からの視点で地球全体を継続的に観測できるようになり、広範囲の地形変化の監視や環境モニタリングが可能となりました。
20世紀後半の主要な出来事
- 1957年:Uki Helavaにより解析ステレオプロッターが開発
- 1960-70年代:コンピュータの処理能力向上で大規模な航空三角測量が可能に
- 1972年:Landsat衛星打ち上げ、衛星画像による地形解析が開始
21世紀:デジタル革命と民主化
1990年代のデジタルカメラとPCの普及により、フォトグラメトリは完全にデジタル化しました。撮影・計算の両面がデジタル処理できるようになり、解析フォトグラメトリからさらに進んだ自動化技術が現れました。
新時代のアルゴリズム:Structure-from-Motion(SfM)とSLAM
2000年代以降、コンピュータビジョン技術である「Structure-from-Motion(SfM)」やロボット工学の「SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)」といった手法が発展し、一般的なデジタルカメラ画像から自動的に高精度な3Dモデルを生成できるようになりました。
SfM法は、複数枚の写真から同時にカメラ位置(姿勢)と3D構造を求めるアルゴリズムです17。特徴は「撮影時のカメラ位置や角度を事前に知らなくても、画像間の特徴点対応のマッチングによりそれらを推定する」点にあります。一般的な処理流れは、特徴点検出→特徴量マッチング→バンドル調整となり、事前の制御点なしに画像から3D点群とカメラの外部パラメータを同時に算出する自動化された画像処理技術です18。
SLAMは主にロボット・自律移動の分野で使われ、「自己位置推定と環境地図作成を同時に行う」ことを目的とします19。画像を用いる「Visual SLAM」では、リアルタイムにカメラの動きを推定しつつ、移動中に得られたセンサーデータで地図(3D環境モデル)を生成します。SfMとの違いは、SLAMが逐次的・リアルタイムに新規画像が得られるたび自己位置推定と地図更新を繰り返す点です20。
Clive Fraserらは「SLAMは初期環境未知のままオンラインで地図と位置を同時復元するプロセス」と説明しており21、これは1980–90年代の航空写真解析(空間三角測量)をリアルタイム化したものとも言えます。
ドローン時代の到来
2000年代後半からはドローン(UAV)の普及により、空中写真の取得が低コスト・迅速になり、広範な土地の3Dマッピングが可能となりました。こうした技術革新により、誰でも比較的安価な機材でフォトグラメトリによる3D再構築を行える時代となっています。
21世紀の主要な出来事
- 1990年代:デジタルカメラと画像処理の普及でフォトグラメトリがデジタル化
- 2000年代:SfMやSLAMなどのアルゴリズムが登場、複数画像から自動で3D点群生成が可能に
- 2000年代後半:ドローン技術の普及により空中写真測量が手軽に
フォトグラメトリの技術的原理:科学的基盤の理解
基本原理と精度保証
フォトグラメトリとは、写真画像から物体や地形の3次元座標を求める技術です22。具体的には、キャリブレーション(内部パラメータ)済みのカメラで撮影した複数枚の画像を用い、画像上の同一点(結合点)から対応する射影線を引き、その交点で3D位置を計算します。このとき、画像の幾何学モデル、カメラ光学系の歪み補正、誤差の最小二乗的な最適化(バンドル調整)など、計量学的な手法が適用されます23。
つまりフォトグラメトリでは、地上制御点や高精度なカメラ較正などを使って測量精度を担保し、厳密な誤差解析を行う点が特徴です。ArcGISのドキュメントも「写真から信頼できる測定値を得る科学技術」と定義しています24。
現代技術との関係
SfMはカメラの自己位置推定に重きを置き、3D点群生成は副次的に得るものという傾向があります25。これに対し、古典的なフォトグラメトリでは撮影条件(基準線距離など)を設計し、精度計算法を重視します26。両者は手法として重複する部分が多いものの、現場(学術 vs 実用)や使用目的によって呼び分けられることがあります。
現実の応用では、画像撮影時の重なり(オーバーラップ)や地上制御点の配置、カメラキャリブレーションを工夫することで、測量図化にも耐えうる精度が実現されます。一般的な「写真から3Dモデル生成」のアルゴリズムをフォトグラメトリと呼ぶ場合でも、フォトグラメトリでは必ず精度解析や基準座標の既知化などが重要視されることを理解しておくべきです27。
現代の応用分野:無限の可能性
現在、フォトグラメトリは学術から産業まで幅広い分野で活用されています。
文化遺産保存では古代遺跡や歴史的建造物の詳細な3D記録・再構築に用いられ、失われゆく文化財のデジタル保存が進んでいます。建設・土木分野では現場の3Dモデル化や点群取得に活かされ、施工管理や品質管理の効率化に貢献しています。
映画・ゲーム業界では実在感のある背景やキャラクターを作るための素材として活用され、現実世界の質感を忠実に再現したコンテンツ制作が可能になっています。法科学(犯罪現場の再現や測量)では証拠保全と科学的分析の両面で重要な役割を果たし、医療分野では手術前の3Dプランニングや義肢製作において患者個人に最適化された治療計画の立案が可能となっています。景観管理では環境変化の監視や災害対応における迅速な被害把握に活用されています。
国際写真測量学会(ISPRS)も「過去80年以上にわたり主に航空写真から地図作成に利用されてきたが、近年はGISや建築・医療・考古学など多くの分野に応用が広がっている」28と報告しています。
まとめ:過去から未来への架け橋
フォトグラメトリの歴史を振り返ると、19世紀の写真術発明から始まり、航空技術、コンピュータ技術、デジタル技術の発展とともに進化し続けてきた技術であることがわかります。Laussedat、Meydenbauer、Pulfrich、Helavaといった先駆者たちの革新的なアイデアが現在の技術の基礎を築き、今日では誰もがスマートフォンで3Dモデルを作成できる時代になりました。
現代のフォトグラメトリは、画像処理・センサー技術・アルゴリズムの発展によって日々進化を続けており、今後も新たな応用分野の開拓が期待されています。特に、リアルな3D空間構築、デジタルツインによる都市管理、AI技術と組み合わせた完全自動化システムなど、170年の歴史を持つこの技術は、私たちの未来をより豊かにする可能性を秘めています。
過去から未来へと続く技術革新の物語は、まだまだ続いていくことでしょう。
参考文献・関連リンク
- 1. ASPRS: "A Look Back; 140 Years of Photogrammetry" (2007) https://www.asprs.org/wp-content/uploads/pers/2007journal/may/lookback.pdf
- 2. Laussedat研究における具体的活動記録に関する歴史的文献
- 3-5. 初期航空写真史に関する複数の学術資料
- The New Yorker: "The Origins of Aerial Photography"
- 航空写真の初期歴史研究(Nadar vs Laussedat論争を含む)
- 6-8. フォトグラメトリ用語と人物研究
- Meydenbauer, A. (1867): "Die Photometrographie" - 原典論文
- フォトグラメトリ用語の語源と発展に関する言語学的・歴史学的研究
- ASPRS歴史委員会による先駆者研究報告書
- 9. Scheimpflug, T. (1901): "Tilt法則に関する原典論文" - オーストリア光学学会誌
- 10-11. ASPRS: "Carl Pulfrich and the Development of Stereo Photogrammetry" / 20世紀初頭の機械式プロッター開発史に関する技術史文献
- 12-14. イタリア陸軍史料および国際航空写真会議1907年報告書 / Tardivoの活動記録に関する歴史的文献
- 15-16. ASPRS: "Analytical Stereoplotter Development" (1969) https://www.asprs.org/wp-content/uploads/pers/1969journal/nov/1969_nov_1160-1168.pdf
- 17-21. 現代コンピュータビジョンにおけるSfM・SLAM技術に関する学術論文群
- Structure-from-Motion技術の発展史
- SLAM技術とフォトグラメトリの関係性研究
- 22-27. フォトグラメトリの技術的基盤 - University of Porto: "Introduction to Photogrammetry" https://www.mat.uc.pt/~gil/downloads/IntroPhoto - ArcGIS Pro Documentation: "What is photogrammetry?" https://pro.arcgis.com/en/pro-app/latest/help/data/imagery/introduction-to-ortho-mapping.htm
- 28. ISPRS: "ISPRS Interview-Fraser" (2018) https://www.isprs.org/tc2-symposium2018/images/ISPRS-Interview-Fraser.pdf
追加参考文献
- Britannica: "Photogrammetry | 3D Modeling, Digital Imaging, Remote Sensing"
- ASPRS: "Photogrammetry: 1776-1976" (1977)
- MDPI: "Photogrammetry as a New Scientific Tool in Archaeology: Worldwide Research Trends" (2021)
- ISPRS Proceedings: "Historical Development of Photogrammetry"
- ISPRS Historical Background
- PhotoModeler: "How Does Photogrammetry Work?"
- 各種学術論文および歴史的文献
検証に関する注記
本記事で紹介した歴史的事例については、信頼性の高い学術機関(ASPRS、ISPRS、Britannicaなど)の文献を参照して検証を行っています。特に以下の点については、複数の資料で見解が分かれることを付記しておきます:
- 最初の航空写真の撮影者:LaussedatかNadarかについては研究者間で異論が存在
- フォトグラメトリ用語の初出:厳密な語源研究では複数説が併存
- Cesare Tardivoの活動年代:一部の具体的活動については資料間で差異が見られる
これらの歴史的事実については、今後の研究による詳細な検証が期待されます。本記事は現在入手可能な最も信頼性の高い資料に基づいて構成されていますが、新たな史料の発見や研究の進展により、内容の一部が更新される可能性があることをご了承ください。