文化財DXという言葉を聞くと、多くの場合「何を導入するか」の話になる。
3Dスキャン、デジタルアーカイブ、オンライン展示。どの技術を使うか、どのシステムを入れるか。その議論自体は重要だ。
ただ、博物館や美術館に関わる仕事をしてきた私には、別のことが気になっていた。
現場で最初に返ってくるのは、こんな問いだ。
「撮ったとして、それをどう活用するんですか?」
担当者や学芸員から、実際に何度も受けた問いだ。
デジタルアーカイブしましょう、3Dスキャンしましょう。その提案に対して、まず活用方法を聞かれる。撮るだけでは始められない、という現実がある。
そしてもう一つ、現場を見ていると行き着く問いがある。
導入した後、それは続けられるのか。
予算がついた年度にデジタル化を実施する。しかし翌年には担当者が異動している。後任はデータの扱い方がわからない。活用方法も整理されていないから、結局撮って終わりになる。データはどこかに保管されたまま、誰にも使われない。
導入することがゴールになってしまっている。
本当に重要なのは「何を導入するか」ではなく、「活用できる形で、続けられる形で始められるか」ではないか。その問いが、私の中でずっと残っていた。
大規模から始めることの難しさ
文化施設の多くは、限られた予算と人員の中で運営されている。地方の公立美術館、博物館、資料館。規模は小さくても、扱う文化財の価値は変わらない。
DXという言葉が広がるにつれて、「やらなければ」という空気も生まれてきた。しかし、いざ動こうとすると、大規模なシステム導入や高額な初期投資が前提になることが多い。
それは、多くの現場にとって現実的ではない。
予算の問題だけではない。仮に予算が確保できたとしても、導入後の運用を誰が担うのか。専門的な知識を持つ人員が十分にいない中で、大きなシステムを維持し続けることができるのか。学芸員は文化財の専門家であって、デジタルの専門家ではない。
大規模から始めることの難しさは、お金だけの話ではない。継続できるかどうかの問題だ。
小さく始める、という考え方
だからこそ、私は最初から大きく始めることを前提にしていない。
まずは1作品。まずは1企画。まずは小ロット。実際に運用しながら可能性を確かめ、うまくいったら少しずつ広げていく。その積み重ねの方が、文化施設にとって現実的だと考えている。
スモールであることは、規模が小さいという意味ではない。現場で実際に回ること、担当者が無理なく続けられること、導入後に継続できること。その意味で「スモール」は、本質的な考え方だ。
かつて図録制作に携わっていた頃から、私には「見る人が自分で視点を選べたら」という問いがあった。その問いが、3Dスキャンという仕事につながり、「1作品から始める」という実装の考え方につながっていった。
在庫を持てない、という現実
もう一つ、現場特有の事情がある。
博物館や美術館では、在庫を抱えることへの慎重さがある。ミュージアムショップでグッズを販売するにしても、売れ残りを抱えることへの抵抗は大きい。保管場所の問題もある。
そして文化財を扱う施設では、ダンボールを置くこと自体が問題になる。虫害のリスクがあるからだ。文化財を守るための環境管理が、在庫を持つことを難しくする。
だから私は、大量生産を前提にしない。必要な数だけ作れる形で商品化する。金型も大量在庫も必要としないオンデマンド製造は、コストを抑えるための手段ではなく、現場の現実に合わせた設計だ。
「必要な数だけ作る」という考え方は、文化施設にとって在庫リスクがないというだけでなく、そもそも在庫を置けないという現実から生まれている。
現場で実装する、ということ
大阪市立美術館との実証実験は、この考え方を試す場になった。漆の作品、小ロット製造、在庫なし。「大量生産できるか」という判断軸を外したから動けた案件だった。
スキャンから商品化まで、工程はシンプルだ。非接触で形と質感を記録する。データを元に小ロットで製造する。ミュージアムショップに届ける。「まず動かしてみる」ために必要な準備が、最小限で済む。
大きく始めようとすると、判断が増える。製造ラインをどうするか、在庫をどう管理するか、採算はいつ取れるか。その判断が、プロジェクトを止める。小さく始めると、判断より先に動ける。
納品後、グッズを手に取った来館者から「別の作品でも作ってほしい」という声が届いた。小さく始めたことが、人との接点を生んだ。
続けられる形で、始める
DXという言葉は、どこか大規模なものを想像させる。一気に変わる、一気に導入する。予算をかけて、システムを入れて、組織ごと変革する。
しかし現場で必要なのは、そういうDXではなかった。
文化財のデジタル化を支援するサービスは増えている。「撮りましょう」「データ化しましょう」という提案も多い。
ただ、その後をどう活用するか、誰が運用するか、どう続けていくかまで設計されているケースは、まだ少ない。
撮って終わり、データを渡して終わり。それでは、現場は変わらない。
だから私は「スモール」という言葉をつけた。
スモールとは、規模が小さいという意味ではない。現場で実際に回ること。担当者が変わっても続けられること。予算規模が変わっても、無理なく維持できること。その意味で、スモールは本質的な言葉だと思っている。
大きく始めなくていい。まずは1作品から。まずは1企画から。実際に動かしてみて、確かめて、少しずつ広げていく。その小さな積み重ねが、文化財と人との接点を、少しずつ、しかし確実に広げていく。
保存だけで終わらせない。そして、続けられる形で実装する。その両方が揃ったとき、文化財は単なる記録対象ではなく、これからも人に届き続ける文化資産になる。
それが、私の考える文化財スモールDXだ。
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